母君《はゝぎみ》の纎手《て》

もうお皈《かへ》りにはならないのですか。』と母君《はゝぎみ》の纎手《て》に依《よ》りすがると春枝夫人《はるえふじん》は凛々《りゝ》しとはいひ、女心《をんなごゝろ》のそゞろに哀《あはれ》を催《もよほ》して、愁然《しゆうぜん》と見送《みおく》る良人《をつと》の行方《ゆくかた》、月《つき》は白晝《まひる》のやうに明《あきらか》だが、小蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2-79-6]船《こじようきせん》の形《かたち》は次第々々《しだい/\》に朧《おぼろ》になつて、殘《のこ》る煙《けむり》のみぞ長《なが》き名殘《なごり》を留《とゞ》めた。`『夫人《おくさん》、すこし、甲板《デツキ》の上《うへ》でも逍遙《さんぽ》して見《み》ませうか。』と私《わたくし》は二人《ふたり》を誘《いざな》つた。かく氣《き》の沈《しづ》んで居《を》る時《とき》には、賑《にぎ》はしき光景《くわうけい》にても眺《なが》めなば、幾分《いくぶん》か心《こゝろ》を慰《なぐさ》むる因《よすが》ともならんと考《かんが》へたので、私《わたくし》は兩人《ふたり》を引連《ひきつ》れて、此時《このとき》一|番《ばん》に賑《にぎ》はしく見《み》えた船首《せんしゆ》の方《かた》へ歩《ほ》を移《うつ》した。`最早《もはや》、出港《しゆつかう》の時刻《じこく》も迫《せま》つて居《を》る事《こと》とて、此邊《このへん》は仲々《なか/\》の混雜《こんざつ》であつた。輕《かろ》き服裝《ふくさう》せる船丁等《ボーイら》は宙《ちう》になつて驅《か》けめぐり、逞《たく》ましき骨格《こつかく》せる夥多《あまた》の船員等《せんゐんら》は自己《おの》が持塲《もちば》/\に列《れつ》を作《つく》りて、後部《こうぶ》の舷梯《げんてい》は既《すで》に引揚《ひきあ》げられたり。今《いま》しも船首甲板《せんしゆかんぱん》に於《お》ける一等運轉手《チーフメート》の指揮《しき》の下《した》に、はや一|團《だん》の水夫等《すいふら》は捲揚機《ウインチ》の周圍《しゆうゐ》に走《は》せ集《あつま》つて、次《つぎ》の一|令《れい》と共《とも》に錨鎖《べうさ》を卷揚《まきあ》げん身構《みがまへ》。船橋《せんけう》の上《うへ》にはビール樽《だる》のやうに肥滿《ひまん》した船長《せんちやう》が、赤《あか》き頬髯《ほゝひげ》を捻《ひね》りつゝ傲然《がうぜん》と四|方《はう》を睥睨《へいげい》して居《を》る。

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