お湯がぬるい

「そうねえ。」と女はいかにも尤《もっとも》だと云うような顔をして暖くなりかけたお鍋の蓋を取り、「一緒にどう。」「もう食べて来た。」「じゃア、あなたは向《むこう》をむいていらっしゃい。」「御飯は自分で炊くのかい。」「住宅《すまい》の方から、お昼と夜の十二時に持って来てくれるのよ。」「お茶を入れ直そうかね。お湯がぬるい。」「あら。はばかりさま。ねえ。あなた。話をしながら御飯をたべるのは楽しみなものね。」「一人ッきりの、すっぽり飯はいやだな。」「全くよ。じゃア、ほんとにお一人。かわいそうねえ。」「察しておくれだろう。」「いいの、さがして上げるわ。」 女は茶漬を二杯ばかり。何やらはしゃ[#「はしゃ」に傍点]いだ調子で、ちゃらちゃらと茶碗の中で箸をゆすぎ、さも急《いそが》しそうに皿小鉢を手早く茶棚にしまいながらも、顎《おとがい》を動して込上げる沢庵漬のおくびを押えつけている。 戸外《そと》には人の足音と共に「ちょいとちょいと」と呼ぶ声が聞え出した。「歇んだようだ。また近い中に出て来よう。」「きっと入《い》らっしゃいね。昼間でも居ます。」 女はわたくしが上着をきかけるのを見て、後へ廻り襟《えり》を折返しながら肩越しに頬を摺付《すりつ》けて、「きっとよ。」「何て云う家《うち》だ。ここは。」「今、名刺あげるわ。」

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