先儒の文

長堤蜿蜒。経[#二]三囲祠[#一]稍成[#二]彎状[#一]。至[#二]長命寺[#一]。一折為[#二]桜樹最多処[#一]。寛永中徳川大猷公放[#二]鷹於此[#一]。会腹痛。飲[#二]寺井[#一]而癒。曰。是長命水也。因名[#二]其井[#一]。並及[#二]寺号[#一]。後有[#二]芭蕉居士賞[#レ]雪佳句[#一]。鱠[#二]炙人口[#一]。嗚呼公絶代豪傑。其名震[#レ]世。宜矣。居士不[#二]過一布衣[#一]。同伝[#レ]於[#レ]後。蓋人在[#下]所[#二]樹立[#一]何如[#上]耳。[#ここで字下げ終わり] 先儒の文は目前の景に対して幾分の興を添えるだろうと思ったからである。 わたくしは三日目ぐらいには散歩の途すがら食料品を買わねばならない。わたくしは其ついでに、女に贈る土産物をも買った。此事が往訪すること僅に四五回にして、二重の効果を収めた。 いつも鑵詰《かんづめ》ばかり買うのみならず、シャツや上着もボタンの取れたのを着ているのを見て、女はいよいよわたくしをアパート住いの独者《ひとりもの》と推定したのである。独身ならば毎夜のように遊びに行っても一向不審はないと云う事になる。ラディオのために家に居られないと思う筈もなかろうし、又芝居や活動を見ないので、時間を空費するところがない。行く処がないので来る人だとも思う筈がない。この事は言訳をせずとも自然にうまく行ったが、金の出処《でどころ》について疑いをかけられはせぬかと、場所柄だけに、わたくしはそれとなく質問した。すると女は其晩払うものさえ払ってくれれば、他《ほか》の事はてんで考えてもいないと云う様子で、「こんな処《とこ》でも、遣《つか》う人は随分遣うわよ。まる一ト月居続けしたお客があったわ。」「へえ。」とわたくしは驚き、「警察へ届けなくってもいいのか。吉原なんかだとじき届けると云う話じゃないか。」「この土地でも、家《うち》によっちゃアするかも知れないわ。」

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