一|筆《ふで》申上まいらせ候

[#ここから1字下げ]一|筆《ふで》申上まいらせ候。その後は御ぶさた致し候て、何とも申わけ無之《これなく》御免下されたく候。私事これまでの住居《すまい》誠に手ぜまに付この中《じゅう》右のところへしき[#「しき」に白丸傍点]移り候まま御《おん》知らせ申上候。まことにまことに申上かね候え共、少々お目もじの上申上たき事御ざ候間、何卒《なにとぞ》御都合なし下されて、あなた様のよろしき折御立より下されたく幾重にも御《おん》待申上候。一日も早く御越しのほど、先《まず》は御めもじの上にてあらあらかしく。[#地から2字上げ]◯◯より竹屋の渡しの下にみやこ湯と申す湯屋あり。八百屋《やおや》でお聞下さい。天気がよろしく候故御都合にて唖々《ああ》さんもお誘い合され堀切《ほりきり》へ参りたくと存候間御しる[#「しる」に白丸傍点]前からいかがに候や。御たずね申上候。尤《もっとも》この御返事御無用にて候。[#ここで字下げ終わり]

 文中「ひき移り」を「しき移り」となし、「ひる前」を「しる前」に書き誤っているのは東京下町言葉の訛《なま》りである。竹屋の渡しも今は枕橋《まくらばし》の渡《わたし》と共に廃せられて其跡《そのあと》もない。我青春の名残《なごり》を弔《とむら》うに今は之を那辺《なへん》に探るべきか。

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

 わたくしはお雪の出て行った後《あと》、半《なかば》おろした古蚊帳の裾《すそ》に坐って、一人蚊を追いながら、時には長火鉢に埋めた炭火と湯わかしとに気をつけた。いかに暑さの烈しい晩でも、この土地では、お客の上った合図に下から茶を持って行く習慣なので、どの家でも火と湯とを絶《たや》した事がない。「おい。おい。」と小声に呼んで窓を叩《たた》くものがある。

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