ほんとの年はわからない

「お父さん。六十なの。まだ御丈夫。」 お雪はしげしげとわたくしの顔を見て、「あなた。まだ四十にゃならないね。三十七か八かしら。」「おれはお妾《めかけ》さんに出来た子だから、ほんとの年はわからない。」「四十にしても若いね。髪の毛なんぞそうは思えないわ。」「明治三十一年|生《うまれ》だね。四十だと。」「わたしはいくつ位に見えて。」「二十一二に見えるが、四ぐらいかな。」「あなた。口がうまいから駄目。二十六だわ。」「雪ちゃん、お前、宇都の宮で芸者をしていたって言ったね。」「ええ。」「どうして、ここへ来たんだ。よくこの土地の事を知っていたね。」「暫く東京にいたもの。」「お金のいることがあったのか。」「そうでもなけれア……。檀那は病気で死んだし、それに少し……。」「馴れない中は驚いたろう。芸者とはやり方がちがうから。」「そうでもないわ。初めッから承知で来たんだもの。芸者は掛りまけがして、借金の抜ける時がないもの。それに……身を落すなら稼《かせ》ぎいい方が結句《けっく》徳だもの。」「そこまで考えたのは、全くえらい。一人でそう考えたのか。」「芸者の時分、お茶屋の姐《ねえ》さんで知ってる人が、この土地で商売していたから、話をきいたのよ。」「それにしても、えらいよ。年《ねん》があけたら少し自前《じまえ》で稼いで、残せるだけ残すんだね。」

— posted by id at 03:48 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.0741 sec.

http://aiko-aoyama.jp/