お雪の履歴

 わたくしの胸底《むなそこ》には先刻お雪が半《なかば》冗談らしく感情の一端をほのめかした時、わたくしの覚えた不安がまだ消え去らずにいるらしい……わたくしはお雪の履歴については殆ど知るところがない。どこやらで芸者をしていたと言っているが、長唄も清元も知らないらしいので、それも確かだとは思えない。最初の印象で、わたくしは何の拠《よ》るところもなく、吉原か洲崎あたりの左程わるくない家にいた女らしい気がしたのが、却て当っているのではなかろうか。 言葉には少しも地方の訛《なま》りがないが、其顔立と全身の皮膚の綺麗なことは、東京もしくは東京近在の女でない事を証明しているので、わたくしは遠い地方から東京に移住した人達の間に生れた娘と見ている。性質は快活で、現在の境涯をも深く悲しんではいない。寧《むしろ》この境遇から得た経験を資本《もとで》にして、どうにか身の振方をつけようと考えているだけの元気もあれば才智もあるらしい。男に対する感情も、わたくしの口から出まかせに言う事すら、其まま疑わずに聴き取るところを見ても、まだ全く荒《すさ》みきってしまわない事は確かである。わたくしをして、然《そ》う思わせるだけでも、銀座や上野|辺《あたり》の広いカフエーに長年働いている女給などに比較したなら、お雪の如きは正直とも醇朴《じゅんぼく》とも言える。まだまだ真面目な処があるとも言えるであろう。 端無《はしな》くも銀座あたりの女給と窓の女とを比較して、わたくしは後者の猶《なお》愛すべく、そして猶共に人情を語る事ができるもののように感じたが、街路の光景についても、わたくしはまた両方を見くらべて、後者の方が浅薄に外観の美を誇らず、見掛倒しでない事から不快の念を覚えさせる事が遙《はるか》に少ない。路傍《みちばた》には同じように屋台店が並んでいるが、ここでは酔漢の三々五々隊をなして歩むこともなく、彼処《かしこ》では珍しからぬ血まみれ喧嘩《げんか》もここでは殆ど見られない。洋服の身なりだけは相応にして居ながら其職業の推察しかねる人相の悪い中年者が、世を憚《はばか》らず肩で風を切り、杖を振り、歌をうたい、通行の女子を罵《ののし》りつつ歩くのは、銀座の外《ほか》他の町には見られぬ光景であろう。然るに一たび古下駄に古ズボンをはいて此の場末に来れば、いかなる雑沓《ざっとう》の夜《よ》でも、銀座の裏通りを行くよりも危険のおそれがなく、あちこちと道を譲る煩《わずらわ》しさもまた少いのである。 ポストの立っている賑な小道も呉服屋のあるあたりを明い絶頂にして、それから先は次第にさむしく、米屋、八百屋、蒲鉾《かまぼこ》屋などが目に立って、遂に材木屋の材木が立掛けてあるあたりまで来ると、幾度《いくたび》となく来馴れたわたくしの歩みは、意識を待たず、すぐさま自転車預り所《どころ》と金物屋との間の路地口に向けられるのである。 この路地の中にはすぐ伏見稲荷の汚れた幟《のぼり》が見えるが、素見《すけん》ぞめきの客は気がつかないらしく、人の出入は他の路地口に比べると至って少ない。これを幸に、わたくしはいつも此路地口から忍び入り、表通の家の裏手に無花果《いちじく》の茂っているのと、溝際《どぶぎわ》の柵《さく》に葡萄《ぶどう》のからんでいるのを、あたりに似合わぬ風景と見返りながら、お雪の家の窓口を覗く事にしているのである。 二階にはまだ客があると見えて、カーテンに灯影《ほかげ》が映り、下の窓はあけたままであった。表のラディオも今しがた歇《や》んだようなので、わたくしは縁日の植木鉢をそっと窓から中に入れて、其夜はそのまま白髯橋《しらひげばし》の方へ歩みを運んだ。後《うしろ》の方から浅草行の京成バスが走って来たが、わたくしは停留場のある処をよく知らないので、それを求めながら歩きつづけると、幾程もなく行先に橋の燈火のきらめくのを見た。

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